ギターを背負った男は、泣く。

右を見ると、ギターを背負った男が、泣いている。泣きじゃくっている。彼の前に立っている女性の顔は見えないけれど、その後ろ姿が「哀しい」と言っている。人々とは違う世界にいる2人は、キスをして、抱き合って、またキスをして、そして泣く。お別れの時だなと、わかる。


空港でしか書けない文章は、あるなと思う。空港でしか発起しない感情も、空港でしか見ることのない光景も、すべでが尊く美しい。


いつものように僕は一人で空港を歩く。忘れ物もないし、VISAも持っているし、言葉も不自由がなくなって、少し自信ありげに、歩く。「ありがとう、カズ。良い旅を」。携帯の画面に出てきたそのメッセージの送り主は、空港まで送ってくれたタクシーの運ちゃんだ。「こっちに戻ってくるときまた来てやるよ!」と言ってくれたから、番号を交換した。いいのかなとか思いながら、まあここはアルゼンチンだしとか思いながら、迎えに来てくれるって言うしとか思いながら、こいつの稼ぎになるんだったら良いやつだしいいかとか、いろいろ思いながら。


幸か不幸か、僕には泣きじゃくる理由もなければ、ギターもない。その分だけ少し身が軽い。いい加減、飛行機に乗るのも慣れてきたのだろうか。ちょっとめんどくさいのは、これからも変わらないのかもしれない。人と別れるときに泣きじゃくってしまうことは、なんと不幸で、なんと幸せなのだろうか。僕はこれまで、誰かとお別れをするときに泣きじゃくったことがあるかと思い返してみたけれど、んん、多分ない。学校の卒業式で泣いたことはないし、悲しいよりも、別の感情が勝ってしまう。もうちょっと面白くできないのか、卒業式、とか。どこかの地を離れたとき、僕は多分、誰かと別れるのが悲しくて涙を流すのではなく、場所と、そこで過ごした時間に対する涙だったのだろうと思う。誰かのとの別れは悲しいし寂しいけど、泣きじゃくることは、難しい。いつか僕は、誰かとの別れが悲しくて、泣きじゃくることはあるだろうか。不幸と幸福を、同時に味合うことができるだろうか。


ギターを抱えた彼は、相変わらず今にも泣き出しそうな顔をしながら、一人、イミグレーションを歩いている。彼は今、不幸と幸福の、どちらを感じているのだろうか。彼の彼女と、同じだろうか。


彼はこれから、どこへ向かうのだろうか。





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