動物園にライフル銃は必要ない


男が僕に向かって走ってくる。


朝8時。僕は大学で行われるスペイン語の授業に向かっていた。僕に向かって走ってくるその男は、ブツブツ文句を言いながら時々後ろを振り返る。しばらくすると、警官の乗った車が徐行をしながら近づいてくる。男が僕の真横を通り過ぎてすぐ、2人の警官が車から降りてきた。警官の手には、まるで偽物のような、大きなライフル銃が握られていた。


僕は少し嫌な予感がして、その場から駆け足で離れた。僕の他にも、学校に向かう大学生やランニングをする人々がいたけど、異変に気づいているのは僕だけで、まるで一人だけ劇場の中に放り込まれたような気分になった。


警官が男を捕まえようとする。男はその手を振りほどいて逃げようとする。その瞬間、偽物のようなライフル銃を構えた警官は、一瞬躊躇うような仕草を見せたあと、まるで動物を狩るかのように、男の背中に向かって発砲した。


冬が終わりを迎えたばかりの、穏やかな朝だった。



発砲した先に男がいたのか、それともわざと外したのかはわからなかった。ただ、そのあと警官が走るのをやめていたことをみると、もしかすると、もしかするのかもしれない。一部始終を見ていた僕は当然恐れを抱いて、さらなる異変がないか周りを見渡す。しかし、目の前にはいつもと変わらない日常が広がっていて、たまたま隣にいた大学生が「なんてカオスだ」と僕に言い、銃声とサイレンの音が気にって外に出てきた人が数名いたくらいで、それ以外はびっくりするほどにいつも通りの道だった。ここはジャングルだ。そう思った。




アルゼンチンでは何が起きてもおかしくない。日本では想像できないようなことが度々起こる。ここの国はジャングルで、ここに住むアルゼンチン人は、野生の動物なのだ。


だとすると、日本は動物園なのだろうか。しっかりと環境整備をされていて、僕らは決して野生の動物なんかではなく、人様が見物を楽しめるように躾けられた、飼育された動物なのかもしれない。動物園にライフル銃は必要ない。僕らは、いつの間にか檻の中に入れられ、餌を与えられ、同じ檻の中の動物と仲良くし、一生を終えていく。少し例えが強引すぎるだろうか。だけど、この国にいると、あながち間違っているとは思えない。



動物園に入れられた動物の中には、時々僕のようなバカがいる。檻から脱走するのだ。外の世界を求め、ジャングルなのか、はたまた別の場所なのか、檻の中のルールや、定期的に餌を与えてくれる飼育員もいない。そんな場所に脱走を試みた結果、僕はジャングルにたどり着いた。


一方で、檻の中で一生幸せに暮らす動物もいれば、狭い檻の中での生活に疲れ、精神的に病んでしまう動物もいる。ジャングルの方が良いのか、それとも動物園の方が良いのか、そんなものは誰にも決められない。決める必要もない。


ただ世界にはジャングルがあって、動物園がある、それだけのことだ。そしてそこには、それぞれ人が住んでいて、それぞれが、それぞれの事情を抱えながら生きている。



銃声を聞いた10分後、授業のある大学に着く寸前、携帯が何かを僕に知らせてくる。どうやら今日は授業が中止のようだ。先生は「今日は中止よ。理由は学校が全部閉まってるから。」とメッセージをくれた。もう少し早く、その閉まってる理由が聞きたかったんだけど。


ここはジャングル、何があるかわからない。


恐る恐る銃声を聞いた道を引き返した僕が目にしたのは、完全にいつもの空気を取り戻したジャングルだった。警官が男に銃弾を放ったのは、ほんの15分前のことだ。僕は夢でも見ていたのだろうか。


僕はジャングルに住みたいだろうか、それとも動物園に住みたいだろうか…

その答えは未だに出せないでいる。ただ、少しの間だけでも、ジャングルに飛び込んだこの経験は、動物園に戻った時に、僕に新たな気づきを与えてくれるのかもしれない。


朝8時30分。ジャングルには、今日も穏やかな風が吹いている。






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