あれから
今日で、東日本大震災から8年の月日が経過した。あの時のことは、今も鮮明に覚えているけれど、僕が無責任に何かを書き残せるような立場ではないことは、わかっている。ただ、あの時のことを思うと、自分の人生の分岐点と重なり、そして被災者のことを思い、自然と泣きそうになる。18歳のあの時、僕は何をしたら良いのかがわからず、テレビで被災地の様子を逃げずに見続けることと、手持ちの1万円を寄付することしか出来なかった。それから日が経ったけれど、僕は被災地に行くようなことはしていない。被災地に行って簡単なボランティアをすることで、何かこう、自己肯定感のようなものが出てきそうで、怖い。自分への満足感が得られてしまいそうで、怖いのだ。それだったら、この日が来るたびにあの時の感情を思い出して、そこから何かに繋げることの方が僕にとっては必要なような気がしている。自分は本当に幸せ者なのだと、そう思うことの方が。
アルゼンチンにきてから、気付いたら1年が経過している。正直、アルゼンチンの良さに、というか外国に住むことの意味に、ここにきてやっと気付くことが出来た。一年かかってしまったよ。今は、去年に比べて、ここに居て幸せに感じることがはるかに多くなった。言葉を話せるようになったからかもしれないし、それによってアルゼンチン人の良さをみる余裕ができたのかもしれないし、日本に帰っていた期間が僕をこうさせたのかもしれないけれど、とにかく、去年とは比べ物にならないくらい、今、僕は外国を生きている。
外国に住むことで、少数派になることができる。それはもう、一人だけ顔が違うから。最初はそれが嫌で嫌で(顔は変えられないのに)、なんかこう、被害妄想が体にまとわりついていたのだけど、今は、それが少し減ったと思う。一人だけ顔が違くても、それが利点になることは、結構あることに気づいたからなのかもしれない。とにかく、少数派になることは、尋常じゃないくらい、めちゃくちゃ、人生の中で一番大切な経験だと思う。日本にいると、なかなか少数派になることができないから。世の中は、いつだって少数派があらゆる犠牲を払いながら生きている。虐げられるのは、いつも少数派だ。その時に、少数派の気持ちがわかってあげられるような人間になりたいなと思うし、思い切って少数派になること選択できる人間でありたいなと思う。とにかく、去年では感じられなかったことを、本当にいろんなことを感じることができて、2年目は幸せに生きている。ありがとう、いろんな人。
今年は何が起こるだろうか。何をすることが出来るだろうか。
ここにきて、本当にいろんな人生観が変わった。なんでこんなにいろんなことを我慢して生きてきたんだろうとか、なんでそんなに道を外れることを恐れていたんだろうとか、なんでこれやってみなかったんだろうとか、そういうことができるようになった。これは、僕の中では大きな変化だ。計り知れないほどの。
だからいつか、数年後、ここでの生活を振り返った時に、何かこう、胸の奥から込み上げてくるような、それでいて永遠に体に染み付くような、そんな感情をおぼえたい。我慢ができなくなって、突然飛行機のチケットとってしまうくらいの、それくらい。
この前酔っ払って帰ってきて、書かなきゃ!と思って書いたぐちゃぐちゃの日記には、こう書いてあった。
「人間の温かみや、人生の意味を見失ったら、ここに来い。アルゼンチン人にハグをしてもらえ。」
全く覚えていないけど、酔っ払いの僕に、賛成。
いいんだよ、ハグは。本当に。
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